旧・めだか第一研究所

ゆるふわ嗜好×ゆるふわ思考×ゆるふわ試行

映画版ドラクエVが「アワー・ストーリー」だったという話

初めてドラクエVにふれる人が、絶対に楽しめないリメイク作品にしたこと。映画版ドラクエVこと『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』は、これまでドラクエVに親しんできたファンへの仕打ち以上に、これから好きになるかもしれない人たちを突き放したことが救いがたい。

ファンへの仕打ちについては、すでに様々な罵詈雑言が飛び交っているので、特に書き足すことはない。ぼくは原則として「よかったこと」を主題に作品レビューを書くと決めているので、汚点について延々と語るのもポリシーに反する。だから、別に「ブオーン小さいし弱いし喋り方キモくない?」とか「ゲマがコミカルすぎて畜生感が薄くない?」とか「初プレイはPS2版なんすけどSFC版がそんなに偉いんすかふ〜ん」とか、そんなことは書かない。書かないからな。

それに、リメイクで原作の思い出が壊れること、それ自体は悪いことではない。新しい人たち(特に新しい世代)に伝えるには、新しいパッケージが必要になることもある。例えば、幅広いオーディエンスに届けるために、そんなに演技のうまくないTVタレントを起用することもあるだろう。物語を二時間で収めるために、重要なシーンや設定をカットすることもあるだろう。そのせいで従来のファンが失うものはあるけれど、それがなければ出会う機会がなく、初めて作品にふれた人が得られるものもあるはずだ。

加えて、インターネットやOTTサービスが普及した現代では、簡単に過去の作品へとアクセスできる。リスペクトは必要だが、原作を忠実に再現する必要はない。

だけど、リメイクを掲げるのなら、せめて語り継ぐ作品にしてほしい。原作のコアが次の世代へと受け継がれる作品にしてほしい。親が子供に「ユア・ストーリー」だと託せるような、あるいは親は認めてないけど子供自身が「マイ・ストーリー」だと思えるような、そんな作品にしてほしい。

そんな思いを踏みにじるように、本作はどこかの誰かの「アワー・ストーリー」でしかなかった。共通体験をもつ俺たちのストーリー、ゆえにこれは君のストーリー、という歪なロジックで、オジサンがオジサンのために作った映画だった。

その原作が「親子三代の物語」なんて、ご冗談でしょう。