めだか第一研究所

ゆるふわ嗜好×ゆるふわ思考×ゆるふわ試行

誰でもできる #転詞

「誰でもできる」という行為は、学習コストが限りなくゼロに近いだけであり、行為そのもののコストがゼロなわけではない。コンビニバイトは「誰でもできる」と言われているが、別に楽な仕事なのではなく、業務を担える人材の希少性が低いだけである。コンビニエンスの名のもとに、様々な代行サービスを積み重ねたコンビニでは、いつも店員が慌ただしく働いている。

誰でもできる行為、その最たるものが、睡眠である。不眠症は「病」であり、普通は誰でも眠ることができるし、眠らずにはいられない。

だから僕たちは睡眠を侮る。行為のコストは「起きている時間」のなかだけで最適化され、眠りは行為のための資源(体力)を再生産するメカニズムとして、資源がゼロになる瞬間に起動する自動安定化装置として位置づけられている。眠ることは意識が落ちることであり、意識が落ちたところに行為はない。

だから僕たちは、いとも簡単に、どうしようもない徹夜をしてしまう。ダラダラとYouTubeをみたり、ヒーヒーと焦点の合わない仕事をしたり、ただぼんやりと不安に苛まれたり。そうするうちに、最後の最後まで今日の資源が削られて、どうしようもない眠りに落ちる。

眠ることは誰にでもできるが、よく眠るためには、資源が尽きる前に眠らなければならない。眠ることと同等に簡単で、そのくせ時間を使いすぎる行為が、夜の世界にはありすぎる。資源は明日に持ち越せないという感覚と、ズルズルとした貧乏性が合わさる結果、24時間という時間の効率性が下がるのだ。

一週間の半分以上を照明をつけたまま寝落ちして、そのくせ平均睡眠時間は8時間を超え、一日に動画サイトを2時間くらい見ていることに思い至り、ようやく気がついた。人間は元気なうちに寝るべきである。早く寝て、早く起きて、爽やかに一日を過ごすべきなのだ。ブログなんて書かずにな!!