宇宙逃避航海日誌

Space Run A-Weblog

おそらく僕は『マクロスΔ』のファンなのだという話

おそらく僕はTVアニメ『マクロスΔ』のファンなのだと思う。放映終了から一年も経つのに、未だに「ワルキューレ」の曲は頻繁に聴いているし、ぼんやり駅のホームで「一度だけの恋なら」が流れた日には、フレイアよろしく元気に飛び出して高速トレインにわがままなキスをしそうになる。また、昨日はマクロス音ゲー『歌マクロス スマホDeカルチャー』を徹夜でプレイしてしまったし、なんなら早く「いけないボーダーライン」の譜面を開放したくて、所得の限界点を塗り替えるほど課金してしまった。

では、何故こんなに歯切れが悪いのかと言えば、アニメ本編の出来がルンピカビームだったからだ。序盤、というか第一話は文句なく最高だった。だが、メッサーが微妙なタイミングで死んだくらいから、テンションは絶対零度θノヴァティックになった。あの盛り上がりは何だったのか。せつなさはこの胸のAXIA。

そんなダイスキでダイキライな『マクロスΔ』の劇場版の製作が決定した。めでたい。

さて不安である。なにが不安なのか。もちろんストーリーである。

僕は折に触れて「何故マクロスΔのストーリーはルンピカだったのか」を考えてきたのだが、現時点での答えは「歌を中心に据えすぎたから」と「五人組ユニットだったから」の二つだ。ただ、少しややこしいのだが、これら自体が絶対悪な要素なのではない。この二つの要素が「従来のマクロスの物語構造」と非常に相性が悪いというだけのことなのだ。

結論から書けば「ワルキューレの五人がバルキリーに乗って歌って戦う」というストーリーを僕は見たかった。以下、そんな妄想に至った理由を書き連ねてみる。

 

まず「歌を中心に据えすぎたこと」と「従来のマクロスの物語構造」の相性の悪さについて考えてみる。マクロスと歌は切っても切り離せない関係にあり、これまでのマクロス作品でも歌をキーとして物語が紡がれてきた。だが、あくまで歌は舞台装置にすぎなかったのではないだろうか。これに対して本作では歌がメインであり、その他の要素が舞台装置に成り下がってしまっている。

それを端的に表しているのが「戦闘シーン」である。マクロスΔの戦闘シーンは微妙だ。なぜか。それは戦闘シーンが歌の舞台装置になっているからだ。これまでのマクロス作品では「戦闘シーンを盛り上げるために歌やコンサートの映像が流れる」という主従関係だった。だがマクロスΔでは「戦術ライブを盛り上げるために戦闘シーンが流れる」というように主従が逆転している。

それは単に戦闘シーンに割かれるリソースが少ないという問題ではない。もっとバルキリーの戦闘シーンが見たいんじゃ!という個人的な感想でも(おそらく)ない。真の問題は「戦術音楽ユニット・ワルキューレが出撃できる規模の戦闘しか描かれない」ということだ。だから、本作の敵や戦闘はこじんまりとしており、小競り合いばかりなのだ。本作では彼女たちのライブが主であり、ライブができるか(ライブで解決できるか)否かで戦闘の有無が決まる。武道館を抑えられなければ、その日は空中騎士団もお休みである。新しいメガネでも買いに行きんしゃい。

次いで「五人組ユニットだったから」と「従来のマクロスの物語構造」の相性の悪さについて考えてみる。これはシンプルかつ明確な答えがある。

一条輝「それじゃ、歌ってくれるんだね。みんなのために」
リン・ミンメイ「ええ。今日だけは、あなたのために」
超時空要塞マクロス』第27話「愛は流れる」

おわかりいただけただろうか。

本作の最終決戦が盛り上がりに欠けるのは、フレイアを除く他のメンバーに「あなたのため」に歌う理由がないからだ。ヤバいメガネのヤバいドリームとヤバいウェポンを止めてヤバいミクモを助けるだけなのだ。それはある意味で、否応なく歌うことを強いられるのではなく、明確な目的を持って歌う戦術音楽ユニットという設定の罪なのかもしれない。また、翻って「歌を中心に据えすぎたこと」の弊害でもあるだろう。

以上が「従来のマクロスの物語構造」と相性の悪い二つの要素の説明である。では、その相性の悪い物語構造とは具体的に何かと言えば、その答えも非常にシンプルだ。

「歌う女、守る男」という物語構造である*1

それを踏まえた上で「ワルキューレの五人がバルキリーに乗って歌って戦う」という世界線を覗いていただきたい。歌のボルテージが上がるほど、機体の速度も機動もゴリゴリになる五機のバルキリーが戦場を飛び回るのだ。システムの詳細はどうでもいい。Gは気合でなんとかしろ。

相性の悪い二つの要素は反転する。この設定であれば『マクロス7』よろしく「歌=戦闘シーン」となる。また、女性が守ってもらう必要はないのだから「わたしのため」に歌うことができる。戦女神なんだから自分で飛んで戦ってもいいじゃないですか。男女が肩を並べて戦ってもいいじゃないですか。21世紀ですよ。メンバーも筋トレ頑張ってるわけですし。

決して、新入りのハヤテくんに負け、本業でないフレイアにも負け、プライドがボコボコになったミラージュさんを見たいわけではない。互いを高めあうように速度を増し追いつけなくなる二機のバルキリーを、どこか寂しそうに眺めるミラージュさんを見たいわけではない。機体トラブルで歌専用機に乗ることになり、ハヤテくんに特に悪意なく「歌"も"下手なのな」とか言われてガチ凹みするミラージュさんを見たいわけではない。

それがなくとも「ワルキューレの五人がバルキリーに乗って歌って戦う」というマクロスΔは面白いと思うのだ。アイドルが歌いながら可変戦闘機で戦う。いいじゃないですか。絶対に面白い。待て。待て。これはアレだ。これは『AKB0048』だ。結局ルンピカじゃねーか!!

でも、まぁ、普通に面白かったらマクロスΔじゃないよね。ということで、劇場版でどう化けるのか非常に楽しみにしています。関係者の皆さま頑張ってください。

*1:マクロス7』は知るか!!アレの解説は無理だ!!感じろ!!