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生き続けたら 君は哀戦士

プリズン・ブレイク

リーマン予想だとか、愛の秘密だとか、世に未解決問題は尽きないのだけれど、そうした数学的あるいは文学的な難問とは異なり、誰しも「自分はどうすべきか」という問いから逃れることはできない。僕はこれまで上手に逃げ続けてきた(と思っている)のだけれど、いよいよ進路も退路も絶たれてしまった。さて困った。

「自分はどうすべきか」という問いから逃げる最良の方法は、まず「こうすべき」という方針を決めることだ。盗人にも三分の理とはよく言ったもので、大体の行動計画にはそれなりの根拠を三つ四つと後付けすることができる。この手法の恐ろしいところは、少なくとも思考を行動に移すことはでき、意外と理由づけが正しい場合があるため、運が良ければ事態は好転することだ。どんなにハチャメチャな計画でも、実行に移してみればアルカトラズ刑務所だって抜け出せるかもしれない。抜けた先は断崖絶壁だけどな!

さて、真に厄介なのは「こうすべき」という方針を行動に移せない場合である。つまり現在の僕である。いや困ったよ本当に。

行動に移せない「こうすべき」を持つことは三重苦である。第一に、メンタルがつらい。第二に、メンタルがつらい。第三に、メンタルがつらい。すなわちメンタル三重苦。具体的にはメンタルがつらい。

しかし非常に困ったことに、行動に移せない「こうすべき」は捨てられない。なぜなら自分でも理解できているし、他人から散々に言われているし、どう考えても正しい答えだからだ。あるいは逆に、そうした答えだからこそ、行動に移せない「こうすべき」として身を苛むのである。そして、こうした板挟みを解決するマジックワードは「やるしかない」なのだが、そのエイヤこそ「こうすべき」の総大将なのだから人生訓は恐ろしい。

さて、そんな初体験の板挟みのなかで、ここ数日はメンタルがつらい日々を送っていたのだけど、この文章を書いているうちに実に呆気なく解決してしまった。笑い話にもならないが、この巧妙に張り巡らされた罠を解除するためのヒントは、既に自分で書いていたのである。

方法はシンプルで、行動に移せない「こうすべき」に、自分なりの根拠を後付けすればよいのだ。それは他者が示した道筋でもなく、世間一般として正しい道筋でもなく、自分のためだけのオリジナルな道筋である。おそらく他者には理解できないし、理解してもらう必要もない。作るべき道筋は「自分はどうすべきか」と「こうすべき」をつなぐロジックではない。当初の目的は全て無視して、「こうすべき」を行動に移すことだけを目標に、自身の世界観を総動員して新たなストーリーを作るのだ。

こんなことを23歳になって気づくのだから笑えない。義務教育で教えてくれよ。おかげで恥さらしの人生ですよ。今後ともよろしくお願いいたします。