宇宙逃避航海日誌

Space Run A-Weblog

ブラウン管の中のイヴァリース/『ファイナルファンタジーXII』の思い出

アーケード版DISSIDIAエクスデスが追加されたということで早速キャラ紹介の動画を見たのだが、これまでの鈍足ガードカウンター特化はどこ吹く風、ガンガン動いて敵を屠る先生の姿に乾いた笑いがでた。普段は大人しいがキレたらヤバい理科教師じゃないか。

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そんな暴れ狂う先生の勇姿に呆然とし、動画の最後で「宇宙の 法則が 乱れる」がナレーションではなく御本人の台詞であったことに驚いていると、そのまま『ファイナルファンタジーXII ザ ゾディアック エイジ』の公式生放送に飛ばされた。ヴァンの顔が再生ボタンで隠れているあたりにスタッフの悪意と心意気を感じる。

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ぼんやりと放送を眺めていたら、なんだか懐かしくなったので、本作の思い出をつらつらと綴ることにする。

ファイナルファンタジーXIIをプレイしたのは高校1年生のときだったと思う。もちろん当時の僕は実家暮らしであり、弟との共同部屋のちょうど半分、中央に鎮座した二段ベッドの側面の二畳にも満たない一角だけが僕のパーソナルスペースだった*1。そこに友達から譲り受けた古いテレビ(壊れて地上波は映らない)を置いて、規則正しく勉強しては規則正しい時間に就寝する弟を尻目に、夜通しイヴァリース地方を冒険していた。

ファイナルファンタジーXIIは、16歳の僕には色々と衝撃的な作品だった。まず、どこまでもシームレスに広がるイヴァリースの世界にワクワクが止まらなかった。次世代機に慣れてしまった現在では見劣りするグラフィックだし、それこそ液晶ですらない小さなブラウン管テレビの画面でプレイしていたのだけれど、そこには確かに異世界が広がっていた。新しい土地には未知の風景が広がっていて、それでも世界全体には統一された雰囲気があって、それこそ街の中を歩き回るだけでも楽しかった。BGMも各地方の雰囲気に合った素晴らしい楽曲ばかりで、いまでも曲を聴くだけで、多種族が混在し活気あふれる王都ラバナスタ、吹き抜ける風が草木を揺らすギーザ草原、重厚な鎧の音が響き渡るアルケイディア帝国、そんな景色が色鮮やかに蘇る。

ファイナルファンタジーXIIは、16歳の僕を少しだけ大人にしてくれた。ガンビットシステムに悪戦苦闘することで、他人に指示して自分の思うように動いてもらうことの難しさを学んだ。急速に落ちぶれていく必殺技ミストナックを通して、見た目が良いだけで派手なヤツは出落ちであり最後は地味な努力(レベルを上げて物理で殴る)が物を言うことを学んだ。ギーザ草原の恐竜には、死は誰にとっても突然であり日常であり不条理であることを教えられた。アーシェ・パンネロ・フランの御三方は女性経験ゼロだった僕に尻のエロスを教えてくれた。その節はどうもありがとうございました。

さて、それから7年の月日が流れ、現代の技術でさらに美しくなったイヴァリースを見た僕は、真っ先に「いま住んでいる家には大きなディスプレイないしなぁ」とか「もう一回プレイするのは時間的にシンドいかなぁ」とつぶやいていた。

悲しい。もう僕はイヴァリースに胸を躍らせることはないのだろう。ただ何の目的もなく画面の中の異世界を歩き回ることもできないのだろう。さりとて当時より大人になれた訳でもなく、人間関係はモメまくるわ、地味な努力は積み重ねないわ、踏まなくていい地雷は踏み抜くわで、より尻のエロスを味わえるようになった以外は一切成長していない。完全に育成方針を間違えた。スキルポイント振り直させてくれ。

そんなわけで、ファイナルファンタジーXIIの思い出を振り返ることで、自分が16歳から一切成長していないことと、しかしイヴァリース世界には戻れないことを再認識させられた。だけど、いまの僕には現実という複雑怪奇な世界と向き合う余裕があって、それを面白いと思えていて、だからこそブラウン管の中のイヴァリースは不要ということなのかもしれなくて、それは幸せなことなのかもしれない。幸せなことじゃないのかもしれない。ただ尻は現実の方がエロい。うーーん悩ましい。

*1:嘘である。毎日ベッドを少しずつ動かして弟のスペースを侵略していた。武力をもって一挙に攻め落とすのは愚か者の戦略であり、敵政府に悟られぬよう外縁から現地民を取り込むことが侵略の肝である。なお普段は出入りしない母親にバレて死ぬほど怒られた。